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男性の皆様へ

はじめに

近年、抗がん剤治療および放射線治療、手術療法を組み合わせたがん治療の進歩によって、以前は治癒が困難とされていたがんでも克服できる方が増えてきています。しかし精巣は抗がん剤や放射線に対する感受性が高い臓器とされており、これらの治療は癌細胞のみならず精巣にダメージを及ぼすため、正常な精子の形成過程に影響を与え、将来的に不妊(妊孕能の廃絶)となる可能性があります。しかし、癌治療前に精子を凍結することで、将来的にこどもを授かる可能性を残しておくという、がんを克服した後の生活の質(QOL: Quality Of Life)を高めることを目的としたがん・生殖医療が行われるようになってきております。なお、不妊治療において採精・精子凍結は日常的に行われており、精子の凍結はすでに確立している技術のひとつと捉えられています。以下に男性が妊孕能温存を考るべき原疾患毎の適応、妊孕能温存に対する考え方のアルゴリズム、原疾患別の妊孕性低下のリスク、具体的な治療法の内容を示します。

精子の凍結保存に関する見解(日本産科婦人科学会2007年4月発表)

ヒト精子の凍結保存(以下本法)は人工授精ならびに体外受精などの不妊治療に広く臨床応用されている。一方、悪性腫瘍に対しては、外科的療法、化学療法、放射線療法などの治療法が進歩し、その成績が向上してきたものの、これらの医学的介入により造精機能の低下が起こりうることも明らかになりつつある。そのため、かかる治療を受ける者が将来の挙児の可能性を確保する方法として、受療者本人の意思に基づき、治療開始前に精子を凍結し保存することは、これを実施可能とする。

なお、本法の実施にあたっては以下の点に留意して行う。

  • 凍結保存精子を使用する場合には、その時点で本人の生存および意思を確認する。
  • 凍結精子は、本人から廃棄の意思が表明されるか、あるいは本人が死亡した場合、廃棄される。
  • 凍結保存精子の売買は認めない。
  • 本法の実施にあたっては、精子凍結保存の方法ならびに成績、凍結保存精子の保存期間と廃棄、凍結した精子を用いた生殖補助医療に関して予想される成績と副作用などについて、文書を用いて説明し、了解を得た上で同意を取得し、同意文書を保管する。
  • 医学的介入により造精機能低下の可能性がある場合は、罹患疾患の治療と造精機能の低下との関連、罹患疾患の治癒率についても文書を用いて説明する。

 

【表1】精子凍結保存の適応となるがん治療の内容
妊孕能喪失の理由 がん治療の内容
精細管の喪失 両側、もしくは単精巣に発生した精巣癌に対する精巣摘出
精子形成障害 ・精巣癌・白血病・悪性リンパ腫に対する抗がん剤治療
・白血病に対する全身放射線照射
・骨盤や大腿骨の骨肉腫に対する放射線治療
精路通過障害 膀胱に対する膀胱全摘術および尿路変更
射精障害 大腸がん手術、および骨盤内肉腫摘除術

 

化学療法および放射線療法に際し、妊孕能温存を考える上でのアルゴリズム

 

【図1】化学療法および放射線療法に際し、 妊孕能温存を考える上でのアルゴリズム(男性)
  • ご自身の場合はどのケースに当てはまるのか図1の流れで確認してみて下さい。
  • これから受けられる予定の治療のリスクの大きさについては下の【表2】を参考にして下さい。

 

【表2】化学療法及び放射線療法の性腺毒性の程度によるリスク分類
リスクレベル 治療プロトコール 患者および投与量などの因子 使用対象疾患
高リスク(治療後、一般的に無精子症が遷延、持続する) アルキル化剤※+全身放射線照射 白血病への造血幹細胞移植の前処置、
リンパ腫、骨髄腫、ユーイング肉腫、
神経芽砲腫
アルキル化剤※+骨盤放射線照射(精巣に対して) 肉腫
シクロホスファミド総量 7.5g/m² 造血幹細胞移植の前処理など
プロカルバジンを含むレジメン MOPP:>3 サイクル
BEACOPP:>6 サイクル
ホジキンリンパ腫
テモゾロミドorBCNUを含むレジメン+全脳放射線照射 脳腫瘍
全腹部あるいは骨盤放射線照射(精巣に対して) >2.5Gy(成人男性)
>6Gy(小児)
ウィルムス腫瘍、ALL、肉腫、胚細胞腫瘍、
非ホジキンリンパ腫
全放射能照射 造血幹細胞移植
全脳放射線照射 ≧40Gy 脳腫瘍
中間リスク(治療後、無精子症が遷延することがある) シスプラチンを含むレジメン
BEP療法
シスプラチン総量
カルボプラチン総量
2-4 サイクル
>400mg/m²
>2g/m²
精巣腫瘍
散乱による精巣への放射線照射 1-6Gy ウィルムス腫瘍、神経芽細胞腫
低リスク(一時的な造精能低下) アルキル化剤※以外の製剤を含むレジメン ABVD療法、CHOP療法、COP療法、
白血病に対する多剤療法
ホジキン病、非ホジキンリンパ腫、白血病
精巣に対する放射線照射 0.2-0.7Gy 精巣腫瘍
アントラサイクリン系 + シタラビン AML
超低リスク、またはリスクなし(影響なし) ビンクリスチンを用いた多剤療法 白血病、リンパ腫、肺がん
放射線ヨウ素 甲状腺がん
散乱による精巣への放射線照射 <0.2Gy あらゆる悪性腫瘍
不明 モノクローナル抗体(ベバシズマブ、セツキシマブ) 大腸がん、非小細胞肺がん、頭頸部がん
チロシンキナーゼ阻害剤(エルロ チニブ、イマチニブ) 非小細胞肺がん、膵臓がん、CML、GIST

※アルキル化剤:ブスルファン、カルムスチン、シクロホスファミド、イホスファミド、ロムスチン、メルファラン、プロカルバジン
(Lee S.J Clinical. Oncol.2006,Levine J.Clinical Oncol.2010より一部改変)

 

【表3】男性における妊孕能温存方法の比較
医療介入方法 医学的定義 現時点での成果
精子凍結
(マスターベーションにより得られる精子を用いる)
マスターベーションにより採取した精子の凍結 男性の妊孕能温存として最も確率された技術
精子凍結
(マスターベーション以外の方法で得られる精子を用いる)
精巣吸引や摘出、電気刺激による射精、またはマスターベーション後の尿中より得られた精子などを用いた精子の凍結 小規模な研究またはいくつかの症例報告
精巣組織凍結、異種精巣移植および精原細胞分離 精巣組織や生殖細胞を凍結し、他動物種内で成熟させ、抗がん剤治療終了後に移植 動物実験では成功しているがヒトでは研究段階
GnRHアゴニストまたはアンタゴニスト製剤による性腺機能抑制 化学療法中の精巣組織の防御のためのホルモン療法 これまでにおける研究で有効性は指示されていない