女性の皆様へ
はじめに
近年、抗がん剤治療および放射線治療、手術療法を組み合わせたがん治療の進歩によって、以前は治癒が困難とされていたがんでも克服できる方が増えてきています。一方で、このような治療の内容によっては卵巣に強度のダメージが加わり、性腺機能不全となったり、子宮や卵巣といった妊娠に必要な臓器の喪失がおこることで将来妊娠してこどもを持つことが困難になる(妊孕能が廃絶する)事態につながることも少なくありません。その結果、疾病を乗り越えて自らの子供を望むようになった時に、不妊という2度目の厳しい現実に向き合わねばならない可能性が生じてしまいます。これまでは医療者と患者さんにとって、がんを克服することが最も大きな目標であったため、がん治療によるこれらの問題点には目をつぶらざるを得ませんでしたが、最近では一定の制限付きながら、子宮がんや卵巣がんに対して子宮や卵巣を温存する手術や治療法、卵巣を手術で移動させ放射線から保護する手術、さらには生殖補助医療の技術を応用した卵子や受精卵、卵巣組織そのものの凍結保存といった方法で、がん治療後の妊孕能を温存するための治療法も数多く試みられるようになってきており、将来の妊娠という面からがんを克服した後の生活の質(QOL: Quality Of Life)を高める医療であるがん・生殖医療が行われるようになってきています。以下に女性が妊孕能温存を考える時の適応条件、妊孕能温存に対する考え方のアルゴリズム、原疾患別の妊孕能低下のリスク、具体的な治療法の内容を示します。
受精卵、未受精卵子、卵巣凍結による生殖機能温存の対象者
- がん治療後の長期間生存が見込まれる方
- 原疾患の治療により卵巣機能低下が予想される方
- 妊孕能を温存する方法(以下本法)を施行することが原疾患の治療実施に著しい不利益とならないと判断される方
- それぞれの方法ごとの治療開始年齢〜治療時年齢42歳以下*(各施設の基準により多少前後します)
- 凍結卵子の利用は47歳以下*(各施設の基準によって多少前後します)
- 妊孕能温存治療に対して同意の得られる方
※凍結して保存している卵子や卵巣組織を融解して妊娠を試みる際の妊娠・出産年齢が高齢になることで合併症が発生するリスクが増加することを考慮し、治療施行年齢の上限が設けられています。原疾患治療によって卵子や卵巣組織が利用できない期間が長くなった場合、移植を制限することがあります。
好孕能温存を考える際のアルゴリズム

【図1】化学療法および放射線療法に際し、 妊孕能温存を考える際のアルゴリズム(女性)
- ご自身の場合はどのケースに当てはまるのか図1の流れで確認してみて下さい。
- これから受けられる予定の治療の卵巣へ与えるリスクの大きさについては下の【表1】を参考にして下さい。
- 利用可能な妊孕能温存の各方法のそれぞれの長所、短所については下の【表2】を参考にして下さい。
【表1】化学療法及び放射線療法の性腺毒性の程度によるリスク分類(女性)
リスクレベル | 治療プロトコール | 患者および投与量などの因子 | 使用対象疾患 |
---|---|---|---|
高リスク(治療後、恒久的無月経となる確率>80%) | アルキル化剤※ + 全身放射線照射 | ー | 白血病への造血幹細胞移植の前処理、 リンパ腫、骨髄腫、ユーイング肉腫、 神経芽細胞腫、絨毛癌 |
アルキル化剤※ + 骨盤放射線照射(卵巣に対して) | ー | 肉腫 | |
シクロホスファミド総量 | 5g/m²(40歳以上) 7.5g/m²(20歳未満) |
乳癌、ホジキンリンパ腫 造血幹細胞移植の前処理など |
|
プロカルバジンを含むレジメン | MOPP:>3 サイクル BEACOPP:>6 サイクル |
ホジキンリンパ腫 | |
テモゾロミド or BCNU を含むレジメン+全脳放射線照射 | ー | 脳腫瘍 | |
全腹部あるいは骨盤放射線照射(卵巣に対して) | >6Gy(成人女性) >10Gy(初経初来前) >15Gy(初経初来後) |
ウィルムス腫瘍、神経芽細胞腫、肉腫、ホジキンリンパ腫 | |
全身放射線照射 | ー | 造血幹細胞移植 | |
全脳放射線照射 | >40Gy | 脳腫瘍 | |
中間リスク(治療後、恒久的無月経となる確率30%-70%) | シクロホスファミド総量 | 5g/m²(30~40歳) | 乳癌など |
乳がんに対するAC療法 | 4コース +パクリタキセル/ドセタキセル(<40歳) |
乳癌 | |
FOLFOX4 | ー | 大腸癌 | |
シスプラチンを含むレジメン | ー | 子宮頸がん | |
腹部あるいは骨盤放射線照射 | 10-15Gy(初径発来前) 5-10Gy(初径発来後) |
ウィルムス腫瘍、神経芽細胞腫、肉腫 脊髄腫瘍、脳腫瘍、ALL、ホジキンリンパ腫再発 |
|
低リスク(治療後、恒久的無月経となる確率<20%) | アルキル化剤※以外の製剤を含むレジメン | ABVD療法、CHOP療法、COP療法 白血病に対する多剤療法 |
ホジキン病、非ホジキンリンパ腫、白血病 |
シクロホスファミドを含む乳癌に対するレジメン | CMF療法、CEF療法、CAF療法、(<30歳) | 乳癌 | |
アントラサイクリン系 + シタラビン | ー | AML | |
超低リスク、または、リスクなし | ビンクリスチンを用いた多剤療法 | 白血病、リンパ腫、乳癌、肺がん | |
放射性ヨウ素 | ー | 甲状腺がん | |
不明 | モノクローナル抗体(ベバシズマブ※※、セツキシマブ、トラスツズマブ) | ー | 大腸がん、非小細胞肺がん、頭頸部がん、乳癌 |
チロシンキナーゼ阻害剤(エルロ チニブ、イマチニブ) | ー | 非小細胞肺がん、膵臓がん、CML、GIST |
※アルキル化剤:ブスルファン、カルムスチン、シクロホスファミド、ロムスチン、メルファラン、プロカルバジン
※※卵巣毒性を有する可能性あり
(Lee S.J Clinical. Oncol.2006,Levine J.Clinical Oncol.2010より一部改変)
【表2】女性における妊孕能温存方法の比較
受精卵凍結 | 卵子凍結 | 卵巣凍結 | |
---|---|---|---|
治療可能年齢 | 思春期~ | 思春期~ | 0歳~ |
パートナー | パートナーが必要 | パートナーがいなくても可能 | パートナーがいなくても可能 |
治療の為に必要な期間 | 2週間~10週間程度(複数回希望の場合) | 2週間~10週間程度(複数回希望の場合) | 最大1週間程度 |
長所 |
・確立された治療・良好な治療成績(移植当たり30%程度の妊娠率) ・体外受精施行施設で対応可能 |
・将来の婚姻関係に柔軟に対応可能 ・体外受精施行施設で対応可能 |
・月経発来前の小児でも可能 ・迅速に対応でき、治療の遅れを最小限にできる |
短所 |
・パートナーが変わると受精卵を使用できない ・採卵のための卵巣刺激による原疾患への影響が不明(治療の遅れ、エストロゲンの上昇の影響) |
・採卵のための卵巣刺激による原疾患への影響が不明(治療の遅れ、エストロゲンの上昇の影響) |
・片側卵巣摘出に伴う手術合併症の可能性 ・卵巣を体に戻す際に卵巣内のがん細胞が再移植される可能性 ・現時点では試験的試みの段階 |